名誉羽毛ふとん診断士 奥谷孝良
1969年東京西川入社。現在、専務取締役。日本の羽毛ふとん草創期から、仕入れ、製造、販売に深くかかわる。羽毛ふとんのよさをもっと伝えるために、1998年「羽毛ふとん診断士」制度を設立。自身も、名誉羽毛ふとん診断士として活動している。
  • 第1回 羽毛のすべてを知る人
  • 第2回 いい羽毛を求めて
  • 第3回 羽毛ふとんの匠たち
  • 第4回 一枚の中に込めるもの

第1回 羽毛のすべてを知る人

──
まず、奥谷さんと羽毛ふとんのはじまりについて。
お話を聞かせてください。
奥谷
お客さまの中には、「東京西川=ふとんの西川」というイメージがあります。
私も、もともとは営業がはじまりでしたので、お客様と接するには、ふとんをしっかり勉強しないと、という思いがありました。
東京西川のふとんづくりの経緯、先輩たちがつくり上げた歴史を覚えるのがスタートでしたね。
──
そのあたりの歴史をすこし教えてもらえますか。
すべては語りきれないと思いますが(笑)
奥谷
寝具には10年エポックっていうのがあるんですよ。
──
10年ごとに転換期が起こっているんですか?
奥谷
そうです。実は、今一般に出てるポリエステルのふとんは、昭和33年に東京西川が日本で一番最初に販売しました。
当時は、寝具革命なんて言われましたね。
その約10年後。昭和45年には世界に類のなかった、綿切れしない長繊維ポリエステルを使ったふとんが発売されました。
いまだに他社が真似できないものです。
第1回 羽毛のすべてを知る人
──
東京西川が深く関係しているんですね。
奥谷
ええ。そして昭和54年には、天然志向の羽毛がブームの火付け役になって、羽毛ふとんが全盛期になりました。
ちょうどその頃、東京西川でも技術革新によって、生地の改良や生産工程の技術も上がってきました。
その時、羽毛を勉強しようと強く思いましたね。
──
例えば、海外にも足を運ばれて勉強されたんですか。
奥谷
加工のすべて、つまり農場から製品に至るまでを自分で勉強しない限り、良い羽毛ふとんはつくれません。
それはもう何回も行って習得するわけですね。
産地での良質羽毛選びと共に加工では、温度、湿度、そのすべてが一緒になって初めて良い羽毛ふとんが出来上がります。
素晴らしい鳥から取った羽毛がすべていいわけではないんです。
──
奥谷さんの肩書きにもある、「羽毛ふとん診断士」についてお聞かせください。
奥谷
「羽毛ふとん診断士」は、1998年に私がスタートさせたものです。
──
それは、どういった目的で生まれたんでしょうか。
奥谷
ひと言でいうと、お客さまに羽毛のよさをもっと伝えるためにつくったものですね。

羽毛ふとんは、日本では一人一枚以上の普及率があります。
ほとんどが新規ではなく買い替え需要なわけです。
でも、それを単に売らんがために、新しいの買って、古いのは捨ててくださいというのは、もったいないと。
──
「もったいない」。とても大切な考え方ですね。
奥谷
リサイクルや環境にやさしいといった視点で考えたときに、羽毛はもっと使い方があるんじゃないか?と思ったんです。
そこで、独自の診断基準をつくって、お客さまの羽毛ふとんを診断することにした。
いいものはいい、ダメなものは買い替えましょう。
もしくは、こういうふうにつくり直しましょうと提案する。
──
例えば、どんなものにつくり直すんですか?
奥谷
夏用には十分使えますから肌かけとしてつくり直しましょうとかですね。
一方で、本当にこれを捨てるのはもったいない、まだまだ使えますよとアドバイスをしたり。
一度洗って、ゴミを取り除きロスがでた部分に羽毛を足し、側地を取り替えることで羽毛ふとんが生き返ってまた使えることをお客様にご提案しています。
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  • 第2回 いい羽毛を求めて
  • 第3回 羽毛ふとんの匠たち
  • 第4回 一枚の中に込めるもの